音楽家アシュケナージ
アシュケナージの一家は、父親の才能のおかげで、わりあいと
生活には困らなかったらしい。父・ダビッドは曲芸並みの即興
演奏(寝っ転がってバレエの舞台を見ながら、踊りに合わせて
アップテンポの曲を弾くとか)を披露していたようで、子供の頃
は母親に洗脳されていたため父親を小ばかにしていたようだけど、
大人になってから「親父の様な才能があったらなぁ」と見直した
ようです。お父様、草葉の陰で喜んでいることでしょう。
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タシュケント時代から、モスクワの父親の許に家族が呼び寄せ
られてからのホテル時代の話など、そのまま映画になりそうな
感じなんです。
アシュケナージ自身はごく自然に音楽もピアノも好きになり、5歳
からピアノを習い始めて、6歳の時には所見で弾ける様になった
ということなんです。「和声法やソルヴェージュなんかも、最初に
ヒントさえ貰えれば、あとは習わなくても第二の天性のように理解
することが出来た」と言うから、やっぱり天才なんだなぁ...と。
正に、前世も音楽家だったに違いないと思いますね。
完璧なテクニックのピアニスト、芸大の学生の中にも沢山います。
それでも、世界のTOPで活躍出来る人はなかなか出て来ません。
テクニックだけではない、何か耳で聞こえる以上の何かが、選ば
れた人にはあるんでしょうね。
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