アシュケナージとイギリス
おとなしくピアニストで居れば良いものを...といわれることは
多分百も承知だったでしょう。正に冷たい海を泳ぐアシュケナ
ージの姿が頭に浮かびます。
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それにしても、アシュケナージには必ず手を貸してくれる人が
現れるんですね。アシュケナージが指揮者としての地位を確立
していくのに、多大な貢献をしたのはイギリスのオーケストラ
です。フィルハーモニア管弦楽団やロイヤル・フィルハーモニー
ロンドン交響楽団など、アシュケナージに指揮者としての活動の
場を快く提供したのはイギリスでした。
今でもイギリスのオケとアシュケナージは相性が良く、時々
日本にも一緒に訪れます。勿論公演の為にですが。
ドイツ系のオーケストラの音楽監督も務め、何度か日本でも
公演をしています。ベルリン・フィルを振ったこともあります。
アメリカでも活動をしていました。ボストン交響楽団との録音は
数多くありますし、クリーヴランド管弦楽団も振っています。
そして、チェコ・フィルの音楽監督の任期を終えた後、我が国
が誇るNHK交響楽団の音楽監督に就任したのはご存知の通りです。
そして昨年末にはシドニー交響楽団首席指揮者に就任し、冷たい
海を力強いストロークで泳いでいます。
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