亡命
どこへ行くにも見張られていて、まったくプライバシーの
ない状況に、自由な国で生まれ育った奥さんにはかなりの
ストレスだったようです。長男が既に生まれていたので、
最初の子供の子育てで自分の親とも自由に連絡も取れず、
神経質になっている状況での当局の監視は、彼女の精神状態
を極限まで追い詰めたようです。
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もちろん、アシュケナージも妻も亡命を考えていました。
ソヴィエトには自由はない。
亡命というのは、勿論国を捨てるということですが、親も
兄妹も友人も、何もかも捨ててしまう事なんです。今まで
自分が生きてきた何もかもが記録から抹殺され、存在しな
かったことにされてしまうことなんです。
相当の覚悟がいるでしょう。
でも、そのままソ連にいたのでは、彼は音楽家として生きて
いけない、と感じたのでしょう。
アシュケナージが妻の両親を訪れた歳、妻がもう二度と
ロシアには戻りたくないという意志をロンドン大使館に
告げ、英国側の回答はアシュケナージには好きなだけ英国
に留まってくれて構わないというものでした。
ロシア側は「アシュケナージは自由に西側とソ連を往復でき
るソ連演奏家である」と主張してきた。
どうやら「反ソ的な発言をすれば、アシュケナージの家族に
制裁を加える」という脅しがあったようです。
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