ピアニスト
結局、この後アシュケナージは自分が用意した曲を弾いて
アドバイスをしてもらったんですが、その後何の確信があっ
てか知りませんが「もう一度弾かれたら?今度はうまくいき
ますよ。」とぬけぬけと言ってのけたらしい。
不思議な事に、リヒテルがしぶしぶもう一度弾いたら、今度
は予言どおりちゃんと弾けたというんですね。そして勝ち誇
った様に弾き切って、大喜びだったそうです。
こういうのも気の持ちようなんですかね?
「弾けない」という自己暗示から解放してやったんでしょうか。
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アシュケナージは20世紀最大のピアニストの一人と称され
ていますが、子供の頃から天才少年と評判だったようで、
引っ張りだこだったようです。モスクワのKGBのクラブでも
演奏したと言っていますから、有名人だったんですね。
ソ連らしい話がありました。
なんでも、モスクワの秘密防衛組織でも演奏したというのです。
目的も行き先も一切知らされずバスに乗せられ、演奏会場に
連れて行かれたというんですね。このとき弾いたのがショパンの
バラードか何かだったと言ってます。
ロシアの人たちは音楽をこよなく愛する民族なんですね。
みなアシュケナージの演奏に心から拍手を送ったようです。
ロシア音楽は実際素晴らしく、ドイツ系作曲家のものよりも
優れている場合もあると思っているんです。
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