学校
ロシアも排他的なら、ヨーロッパも同様で、当時ロシア音楽を
根拠なしに格下と見なされていたため、いかにロシアでTOPに
立とうとも、世界の頂点には立てないわけですね。
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さて、学校ですから、当然音楽以外にも授業はあったわけです。
アシュケナージの記憶では、マルクス・レーニン主義の路線に
合わせられたもので、弁証法だの唯物論だのが義務だったん
ですね。日本では高校の倫理社会で多少触れる程度ですが...。
なんでも、学生達はこの退屈な必須科目の授業を耐え抜いたと
いう表現をしています。「どうでもいいよ」って感じですね。
ただ、ソ連時代何処にもスパイが潜んでいたようです。
アシュケナージにマルクス・レーニン主義を教えた教師はKGB
(ソ連秘密警察)と繋がっていたようです。
ですから、例え授業が「かったるい」ものだったとしても、
それを顔に出す事は許されなかったんですね。襲ってくる睡魔
との戦いを強いられ、なんとか船を漕がず、目を閉じないように
耐え難きを耐えていたのでしょう。
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